こんにちはRYO英会話ジムのリョウです。今日は自分の中学時代の英語体験についてシェアしたいと思います。これも今後必要になってくる実践英語との出会いだったと思います。それでは少しだけお付き合いください。
実家がホームステイ
ブログで一度も紹介したことはありませんでしたが、実は僕の実家は、小学校の頃からずっとホームステイをしています。2017年の年末に日本に一時帰国したときも、以前実家でホームステイしていたイタリア人とタイ人の子たちが、両親に会いに実家に遊びに来ていました。
多くの人からするかなり非日常的に聞えるかと思いますが、僕たち家族にとってはごく自然なことだったし、今もそうです。なので、帰国したときに親からホームステイしていた人が来てるよ、と聞かされても、オッケーと言った感じです。日本を出るまでに実家には、たくさんの国籍の方が訪れました。そんな環境にいたからこそ、わかった日本の英語教育とリアルとのずれを中学時代に経験しました。
1年間アメリカ人と一緒に住んだ経験
僕が中学1年のとき、シャーリーさんという人が実家に1年ほど滞在することになりました。実家の近くにある大学の教授として働いていました。シャーリーさんとは、実は長い付き合いで、初めは数週間のホームステイで来て、それから両親と大変仲良くなり、大学の教育関係に日本に訪れるたびに、必ず家に遊びに来るようになりました。
それで、実家の最寄の大学で1年間教壇に立つことになり、両親の実家でまた一緒に住むことになったのです。不思議な縁です。シャーリーさんと一緒に住み始めて、本当に家が明るくなりました。音楽をかけながらリビングでダンスしたり、一緒にアメリカ料理を作ったり、とくかくおしゃべりが好きな方だったので、一日中英語に触れるという環境でした。
その当時、英語を話すことができず、雰囲気でなんとなく理解して、簡単な英会話フレーズでやり取りをするといった感じでした。今思えばそのときにもっと英会話の勉強しておけばよかったと後悔しています笑。そんなアメリカンな環境に1年ぐらいいたことで、中学生のときに、日本の英語教育に違和感を感じ始めました。
期末試験の時に感じた違和感
違和感を感じ始めたのは、英語の期末試験のときでした。試験の2週間前、いつものようにテストでいい点を取るための勉強を始めました。ひたすら机に向かって、学校で学んだ文法や文を覚える作業です。ふと気づきました。
それから、僕はテストで良い点を取るための勉強に違和感を感じるようになりました。シャーリーさんともっと話したいという気持ちからこの気づきに至ったと思います。
途中からひたすら音読にフォーカス
それから、テストで良い点を取るための勉強をやめて、自分なりに考えて、直観的に音読しまくれば、話せるようなるかもと思い、テストにでるところや、授業でやったところをひたすら音読だけするようになりました。音読をやりまくって、シャーリーさん少しずつですが言える単語やフレーズが増えていくのを実感しました。やるたびに、確実に英語が口に定着していくのを日々感じました。
今だから言えることですが、実は科学的にも「音読」は、英語を流暢に話すために必要な言語野という部分を強化することができます。こんなことは、もちろん子供時代にはまったくわかりませんでしたが、感覚的にこのやり方のほうがいい、というのを理解していました。それも実践で英語を話す場面に1年間も触れることができたからです。それがなかったら、気付かずにいつものようにテストで良い点を取るためだけに勉強をしていたでしょう。
日本は教養英語にフォーカスし過ぎ
こういった経験から言えるのは、すでにお分かりかと思いますが、日本の英語教育は教養英語、つまり知識だけを暗記させる英語にフォーカスし過ぎていたんですね。無駄とはいいませんが、やり方が今後待ち受けている(グローバル社会)にまったくマッチしていなかったのです。
今は大分実践英語に対して、日本も必要性を感じてきていると、ニュースや英会話業界を見ていて思いますが、それでもまだまだ実践英語教育にシフトし切れておらず、中途半端なところにいる様子です。
それを少しずつRYO英会話を通じて実践英語の大切さを伝えていきたいと思います。実践で英語を話す重要性、楽しさ、そこからの学び、可能性を現実にできることこういったことを小学生や中学生のころから学校で経験できる日が来るのを願っています。
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最後まで読んでいただきありがとうございます。以上が中学のときに気付いた日本の英語教育への違和感とその振り返りでした。それではSee you around!
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