サラリーマンとしてのキャリアは、満足だった

フィリピンで働き始めてから、気がつけば6年が経っていた。振り返れば、あっという間だったような気もするし、長い旅をしてきたようにも感じる。
初めてフィリピンに来たとき、僕の中には明確なキャリアの目標があった。
「英語と日本語を自由自在に使って、自分でビジネスができるレベルまで持っていくこと。」
この目標を掲げながら、カスタマーサポート、翻訳、通訳、教材開発、カウンセリング、講師、マネジメント、チームリーダーなど、さまざまな業務に携わった。まるで、あらゆる仕事の「お試し版」を経験したような6年間だった。

そして、その中で気づいたのは、「会社でのキャリアを積むこと自体が目的ではない」 ということだった。僕が本当に求めていたのは、自分自身で未来を切り開く力 だったのだ。
📩 英語を話せるようになる第一歩として、リョウが無料で学習相談を実施中です。
発言内容の見える化や添削で、あなたの課題を明確にし、次の一歩を一緒に見つけましょう。
サラリーマンを辞める決意——新しい挑戦へ
決して、会社が嫌だったわけではない。むしろ、仕事は楽しかったし、学ぶことも多かった。でも、ある時ふと考えた。
「このまま会社にい続けるのが、本当に自分のやりたいことなのか?」
僕の答えは「NO」 だった。
なぜなら、僕は子どもの頃から、「自分でビジネスをする」ことに憧れを抱いていた からだ。
父や親戚のほとんどが実業家か開業医だった影響もあってか、僕の中には、「人生を自分の手で切り開いていく」という価値観が根付いていた。
とはいえ、決して簡単な決断ではなかった。不安や恐れもあった。
でも、それらを乗り越えてこそ、新しい自分になれると信じた。
独立のチャンスを与えてくれた人

そんな僕の背中を押してくれたのが、友人のカズさん だった。
彼は元サラリーマンで、32歳で独立を決意し、独学でプログラミングとオンラインビジネスを学び、独り立ち した人だ。

彼の生き方を見て、「もしかしたら自分もできるかもしれない」と感じた。
カズさんが独立したとき、その姿をもっと近くで見たくて、僕は彼と一緒に部屋を借りて1年間生活 した。
その期間に、僕はRYO英会話ジムをオンラインで立ち上げた。
まさに「独立への第一歩」だった。
2018年、僕は会社を辞めた
2018年3月、僕は退職を決意 した。
5月には退職し、その後はフィリピンで準備期間に入った。
講師の採用体制を整え、トレーニングを実施。
そして、日本に帰国後は、Skypeを活用した質管理、教材開発、サービスの向上に全力を注いだ。
最初は大変だったが、「絶対にやり遂げる」という覚悟 で挑んだ。
1年は家にこもって仕事に集中し、2年以内に資金を確保して、英語圏の国々に訪れながら、新たな挑戦をしていく計画を立てた。
フィリピンと日本を自由に行き来できるライフスタイルへ

僕が独立を決めた理由のひとつに、「自由な働き方を手に入れたい」 という思いがあった。
特にフィリピンと日本を自由に行き来できる環境を作りたかった。
結婚を機に、妻のアイヴァンにも日本とフィリピンを行き来してもらい、僕自身も仕事に縛られず、帰りたいときに帰れるようにしたかった。
独立して気づいたこと
会社員の頃と違って、独立するとすべてが「自己責任」 になる。
お金を稼ぐのも、失敗するのも、成長するのも、すべて自分次第。
このプレッシャーは大きい。でも、そのぶん、自由とやりがい もある。
「安定」よりも「挑戦」。
そう決めたからこそ、僕は今も成長を続けられている。
まとめ
こうして僕は、フィリピンでのサラリーマン生活に終止符を打ち、独立への道を歩み始めた。
もちろん、不安もあった。でも、それ以上に「自分で未来を切り開いていく楽しさ」を知った。
もし、この記事を読んでくれたあなたが、独立に興味があるなら、ぜひ挑戦してみてほしい。
怖さや不安は、行動することでしか乗り越えられない。
そして、その先には、自分だけの未来 が待っている。
人生は一度きり。
だからこそ、やりたいことは全部やる。
それが、僕が選んだ生き方だ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
また次回の記事でお会いしましょう。See you around! 😊
頑張れよ。応援してます。
ありがとう、ダッチ!励みになるわ。